教育省は昨日、新型コロナウイルス(COVID-19)「11月28日市中感染事件」を受けて、12月21日と22日に予定していた高校卒業資格試験(大学入学資格試験)を来年1月まで延期することを発表した。ハン・チュオン・ナロン教育省大臣は7日の発表で、フン・セン首相の推薦を受けて「11月28日市中感染事件」の影響で、来年1月中旬まで試験を延期することを決定した、と述べた。また、「同省は後で試験の新しいスケジュールを発表するでだろう。ですから、すべての生徒、保護者、教育関係者が注意してください」と注意を促している。
既に「11月28日のコミュニティ事件」の後、全国のすべての公立学校は、11月30日から2019-2020学年度を終了するように命じられていた。2020年、公立学校で授業が行われたの3か月に満たない。私立学校でもわずかな学校で5か月弱、多くの学校は4か月弱である。
カンボジアの教育制度とその実態
これだけは知っておきたい基礎知識=常識
政府統計の多くが当てにならずよくて概算数である。統計上から言えば、カンボジアの識字率は人口85%以上を示すが実態は50%以下であろう。識字率自体が自己申告であり、田舎の子どもたちにはカンボジア語(公用のクメール語)の「読み書きできる?」と訊けば、「できる」答える子ですらクメール語の絵本が読めない子が多い。
教育制度は日本と同じ6・3・3・4制であるが、同制度は国連の「万人に教育を」が呼びかけられた1990年代後半になって制度上切り替えられた。それ以前はフランスの教育制度で中小一貫の教育制度(所謂リセ)である。だから、高校3年生を12年生と呼ぶのが今なお通常である。事実、公立学校では、小・中学校は同じ敷地である。また、各学年の終わりに進級試験があり、6年生と9年生、12年生にはそれぞれ小、中、高の卒業資格試験がある。一定の学力に達しない者は進級、進学できない落第制度がある。一方、これらの試験に合格すれば、卒業が認定され、より上級の学校に心ができる。所謂入学試験はカンボジアにない。
こうした教育制度であるが、未だ公立学校は数が足りず、教室数も足りない。田舎と都市部の教育格差はここ20年、深刻さを増す。「学校をみたら、先ずは教室数を数えるとよい」という。6教室なければ、教室の数しか学年がないということである。そして全ての学校が午前・午後の2部制、それがほんの一部の私立学校を除いて、1か月毎に午前と午後が入れ替わるという子どもや保護者の生活リズムを狂わす制度を内戦終結30年になろうとしているのに未だ続けている。これを多くの私立学校が追随している。なぜにこんな不合理がまかり通るのか、要は公然たる腐敗である。午前、午後の教員たちの子どもからお金をもらう分の公平化に過ぎない。
諸悪の根源は、フランス式の教育制度の進級、進学資格試験にある。それが腐敗を生む。進級は学級担任が、進学は教育省の市や国レベルがつくる。進級の場合、担任の塾へ行けば教えてくれる。進学の場合は、区域外来る試験監督官が各学生からお金を集める。要はお金さえ出せば、馬鹿でも受かる、どんなに頭がいい子でもお金を渡さなければ受からない。さらに毎回の授業時間ごとに数百~数千リエルを子どもたちから徴収する。「でも公立学校の先生の給料安いんでしょう?」と訊けば学生は「公立の先生は皆お金持ちですよ。皆、自家用車で学校に来るのですから。」というのが都市部では当たり前、田舎では集めようにも子どもがお金を持ってっこない子多いから、農村部では学校はあっても、先生が来ない。副業に精をだすからだ。田舎の多くの公立学校は授業日が極端に少なく、教科書の3分の1程度で終わり、それでも次学年に進級する。
これが、5年ほど前までごくごく当たり前の姿であった。日本のNGOが学校を建てても、別途実入りを保障しなければ、開校してもその後は休業状態であるのは在カンボジア日本人の公然の秘密である。
改革意欲の教育省大臣の登場
カンニングの絶滅、監督官はお金を集めるなと厳命
5年ほど前、改革意欲のある教育省大臣が登場し、教員の腐敗防止、試験のカンニング、金銭徴収の禁止を登場した。一か月以上に渡り、教育大臣がテレビに登場して訴えた。その結果、初めてカンニング無しの卒業資格試験が実施された。例えば高校卒業資格試験の結果、前年度試験者数の92%の合格者がカンニング無しでは25%に急落、これが学生の学力の実態である。
一か月後に救済のための追試験を行ったが、前年度の92%には届かなかった。カンボジア人の意識では、「よい学校とは高い授業料の学校である。」だから私立学校>公立学校>NGO経営の学校という具合の評価で、かつての日本の公立、国立優位とは初めから逆である。
*掲載画像:Khmer Timesより