タイで延期を繰り返した実質軍事政権下の9年ぶり総選挙、政権交代か 

タイで5月14日行われた総選挙は開票作業がほぼ終わり、軍の影響力排除を掲げる革新系の野党とタクシン元首相派の最大野党の2つの野党が合わせて下院の過半数を占める見通しとなった。ただ政権交代となるかは今後の各政党の連立交渉に委(ゆだ)ねられることになる。

タイで14日行われた議会下院の選挙は、9年前の軍事クーデター以降続く軍政を引き継いだ政権が継続し、様々な口実と強権支配で総選挙を延長したが、明らかな現政権批判が明確となった選挙結果であった。

*ANNニュース 5月15日

この結果は、早くから予想されていたことだが、国内外共に、実質軍人政権の存続にNo!がつきられたが、タイ名物とも言われた利権の独占を狙う軍クーデターが社会不安を理由に起こることも予想される。ミャンマーの野蛮な軍事政権と密通していたプラユット政権の退陣は、当然、今でも孤立しているミャンマー軍事政権は一層の孤立化を深め、さらにタイのプラユット政権に秋波を送り、密かに軍事政権を取り込もうとしていた中国にも大きな打撃となる総選挙の結果である。だが、野党の連立政権の拒否を前提にタイ軍部の暗躍による様々な社会不安の醸成と中国はロシア同様に密やかな影響力行使を引き起こすのは火を見るより明らかである。ロシアがトランプ派を後押しして米国の分断を図ったように、中国は引き続き、タイ軍部を取り込もうと情報戦を仕掛けているに違いないと思われている。

野党の勝利 NHKニュース 5月15日NHKニュース

今回のタイ総選挙 今回は下院の500議席(小選挙区400、比例代表100)を争ったものである。タイの選挙制度は憲法に規定され、繰り返し改正されている。

つまり、軍事政権に都合の良いように改正するのである。ミャンマーも民主化に当たり、ミャンマー軍部は利権と影響力のために都合のよい、憲法を作り、議席で優位を占めていたがそれでも国民の反感で議席逆転が起こるほどの不人気だから、2021年2月1日の軍事クーデターが起こったのである。政権を失ったら、獄中へ行くか、巨大な利権を失うかという瀬戸際に追い詰められているほどに強権は腐敗しているのである。その点では、中国、ロシアの強権エリートの贅沢な腐敗とタイ、ミャンマーの軍部エリートも変わるところがない。

2001年以降の選挙では主にタクシン元首相派が勝利して政権を担ったが、06年と14年の軍事クーデターで崩壊。19年選挙でもタクシン派の「タイ貢献党」が第1党となったが、多数派工作で親軍政党を中心とする連立政権が発足している。

タイの議会下院の選挙制度のしくみ

タイ総選挙の構図 NHKニュース 5月13日

タイの議会下院の選挙制度は日本の衆議院選挙と似ています。2019年以来、4年ぶりの選挙となる今回の定員は500。このうち400議席は「小選挙区」、100議席は「比例代表」で決まります。小選挙区は、それぞれの選挙区で最も多くの票を獲得した候補者が当選します。一方、比例代表は得票に応じて各党の議席数が決まります。そして、政党があらかじめ提出した名簿の上位から各党が獲得した票数に応じて当選者が選ばれます。日本では比例代表は11ブロックに分かれていますが、タイでは全国で1つとなっています。議員の任期は4年で、投票権があるのは18歳以上です。また、現在の上院の定員250は、いずれも軍が任命した形になります(これは軍事クデター以前のミャンマー議会とよく似ている。)総選挙の後に行われる新たな首相を選ぶ選挙は、500人の下院議員だけでなく250人の上院議員をあわせた750人で行われます。そのため、首相になるには750の過半数、376人以上の支持が必要になります。この点で、タイ議会の上院を独占する軍部が様々な妨害で野党政権を拒絶するのは明らかで、最終的には国民の意志がどういう形で出て来るか、にかかってくる。

タイは実質軍事政権が長く続いた、野党(タクシン派)を武力で強圧

現在の首相は、2014年に陸軍司令官として軍事クーデターを率いたプラユット首相です。選挙で選ばれた政権をクーデターで倒し、5年間軍事政権が続きました。その後、軍部の都合のよい憲法を制定しその憲法に基づいて2019年に総選挙が行われましたが、最も多くの票を獲得したのは“タクシン派”の「タイ貢献党」でした。ただ、過半数には達しなかったため、「タイ貢献党」に次ぐ得票だった「国民国家の力党」が、その他の中小の政党と連立政権をつくって下院の過半数をぎりぎり確保し政権を担ったのです。そして軍部利権を守る牙城である警察や地方行政などを管轄する非常に重要なポストである内相は、プラユット首相の軍時代の先輩にあたり、陸軍司令官を経験したことのあるアヌポン氏が務めている。これでお解りのように軍部はあらゆる汚い手で権力を独占するのです。ミャンマー軍部も軍事クデター以前に同じような手を使い、そして密かに政権に敵対的な民主派活動家は暗殺されていったのです。まるでロシアのプーチン政権のようにです。

現在のタイ政府、副首相も国会議員ではない陸軍司令官の経験者、プラウィット氏が務めており、2019年以降も軍の影響力が強い政権だと言えます。

軍出身の首相が率いる政権への評価は特にこの1年、各種世論調査をみても非常に低く、支持率も下がり続けています。

2014年のクーデターの時点でもそれほど人気があったわけではありませんが、中間層が多いと言われる首都バンコクではクーデターを歓迎するムードは一定程度ありましが、しかし、もともと政治家の汚職などを理由にクーデターを行ったにもかかわらず、汚職は減らず、むしろひどくなったとも言われています。さらにこの3年は、新型コロナウイルスの影響で海外からの観光客が急激に減って経済的に打撃を受けました。軍人たちは経済に詳しいわけではなく、経済運営でも点数を稼ぐことができませんでした。

早くから選挙の予想:反親軍派(野党)の勝利は目前、政権交代か、言われていた

各種世論調査や各党関係者の話を総合すると、下院の定員500のうち、タクシン色の強い最大野党「タイ貢献党」が200議席、若い世代から人気を集めている「前進党」が80議席を超えると思われます。親軍派の政党はかなり議席を失うと予想され、5月14日の結果はそうなりました。

野党・タクシン派の選挙運動 NHKニュース 5月13日

政権側の選挙運動 NHKニュース 5月13日

選挙の日本企業への影響

この10年、タイで急速に低下している日本企業の存在感がさらに落ち込むきっかけになる可能性はあると見られている。どの政党が中心の政権ができても、経済政策や外国企業に対する扱いが大きく変わることはないでしょう。ただ、政権がかわることで、これまでとは違った政策を打ち出そうとすると思います。

軍事・プラユット政権の10年、バンコクでは劇的に日本企業の看板が減った

軍部の利権代表のプラユット将軍、現首相 NHK画像

例えば、タイで非常に盛んな自動車産業では日本企業も多く進出していますが、2010年頃までは空港からバンコク中心部にタクシーで向かうと日本の企業名の広告が数多く見られたものですが、ここ10年、スワンナプーム国際空港からバンコク都心部に向かうと韓国や中国企業の中に日本企業の広告を見つけるといったほど、日本企業の存在感は落ち目になっています。

現在、タイではガソリン車については1日の長がありましたが、同じ東南アジアのインドネシアやベトナムはEV=電気自動車の生産に力を入れ、急激に成長しています。このため、どの政党が政権を握っても、これらの国に遅れをとるまいと電気自動車にこれまで以上に力を入れるようになると思います。日本企業は、中国や韓国の企業にくらべて電気自動車の生産では大きく出遅れています。

変化に対応する準備をしておかないと、タイでの日本企業の存在感の低下に拍車がかかる可能性はかなりあると思われている。

*以上の記事:NHKの記事を基にし、独自の分析を加えています。

政権交代となれば、ミャンマー軍政は一層孤立化、中国の影響力低下か、そして人気を欠く王室の問題

もし野党の政権となれば、タイは落ち着かなくなる。今までの政情安定は、強権と誤魔化し、それとコロナ禍のためでした。

タイの軍部と密通していたミャンマー軍部は密かな支援を失い、内戦状態で敵対する反軍政・民主派の勢いが強まるのである。ミャンマー軍部の無慈悲な強圧はそれだけミャンマー軍部が追い詰められた結果です。また、中国は軍政を支援することでラオスから南下するタイへの一帯一路政策にとって欠かせない南下政策である。親中国がカンボジアだけというのは、中国にとって情けなく頼り難い。タイの総選挙の民意はASEANの大きな社会変動を含んでいるのです。

さらにタイで隠れた話題は、現王室批判です。不敬罪が未だにあるため隠れたタイ国内の話題なのです。単なる王制批判ではなく、現国王への批判、反感の多さです。皇太子時代の奇行は国民の多くから顰蹙(ひんしゅく)を買っており、またそのため王室への反感が加速された感がありますが、軍事政権とその継承政権は、玉座の陰から政権反対派を狙い撃ちにするという手を使っており、まるで日本の大正デモクラシーで批判された皇室の陰で失政隠しをした当時の桂内閣のような姿と思えば、解り易いです。これからは強権とコロナ禍で逼塞(ひっそく)していた若年層の政権・王室の民主化が高まるであろうと思われています。

タイの政情はカンボジアの政情に影響を与えかねないのです。

掲載写真:NHKニュースより

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